インタビュー/まちの寺子屋 木風心風堂

まちの寺子屋 木風心風堂 山下 徹 仏師

まちの寺子屋 木風心風堂山下 徹 仏師

野球の夢を断念した先にあったもの

私は小学3年生のときからずっと野球をやってきました。逆をいえば、それまでの私には野球しかなかったわけですが、進路を決める頃になって初めて、野球がなくなった自分の人生を考えることになったのです。そのタイミングで、伝統工芸の職人さんがどんどん減ってきているというニュースをたまたま目にしました。いいものなのに、なぜ誰も守ろうとしないんだろう。何も知らないからこその素朴な疑問でしたが、そこから「誰もやらないなら僕がやりたい」となり、この世界の門を叩くことになったのです。進学した京都伝統工芸大学校では、陶芸から漆から金彫や木彫まで、ありとあらゆる伝統工芸を間近に見る機会に恵まれました。中でも特に惹かれたのが、仏像彫刻でした。どれも素晴らしいもので、一様に心を動かされたのですが、唯一、仏様だけは何か祈りたくなるような敬虔な気持ちにさせたられたのです。これを作る人って、どういう人なんだろう。そこを出発点として仏師としての歩みが始まりました。

京都にいる間に、この世界の全体の構造を徐々に理解できるようになっていきました。実は、伝統工芸の職人さんは、意外にたくさんいるものなのです。でも、それを世の中の人は知らない。なぜかと言うと、それを発信する人が足りなかった、ということに私の想いは行き着きました。そんな折り、福岡でアルバイトをしていた頃の先輩からあるITベンチャー企業の方を紹介されたのです。その会社は広告関係を扱うところでした。当時の私にはパソコンの知識は皆無で、不安ではありましたが、「伝える」ことの術を学べることに大きな魅力を感じ、師匠に頭を下げて新しい道に進むことを決意したのです。
営業として実務経験を積み、様々な場所に顔を出させていただいていくうちに、若輩である私を贔屓にしてくださる経営者の方も少しずつ増えていきました。その中に『秋山木工』の秋山利輝社長がおられました。「伝統文化を守るために、発信の場を作りたい」という私の想いを、秋山社長は当初から理解いただいていました。そしてその想いを汲んでくれ、お膳立てをしていただいたのが、2020年7月にオープンした『木風心風堂』だったのです。

趣向を凝らした様々な教室を用意

私は彫刻教室を担当していますけども、こちらではそのほかにお料理であったり、7名ほどの講師が様々な教室を開催しています。木工も子供向けの教室から、小さな豆皿を作るものに始まり、スツールやテーブルをこしらえる大人向けの教室まで幅広いものをご用意しています。今の時代において極論をいうと、携帯のボタン1つで物が届く時代ですよね。ですが、そんな中でも、じかに触れないと伝わらない手仕事の魅力や温かみを感じて欲しいと思っています。新型コロナの流行で大変なこの時期にあえて教室を始めたのも、その意図があってのことでした。実際、そんな中でも、のぞいてみようという方はいらっしゃいます。のんびりしてもらえるような町の寺子屋なので、ものづくり、ことづくりの教室ではありますけれども、お茶を飲んでのんびりしたくなるような空間をご用意して皆さんをお待ちしています。

伝統工芸に気軽に触れあっていただける場所に

まずはここでじかにものづくりに触れ合っていただきたいと思います。伝統工芸に触れようとすれば、おそらくデパートの最上階に行くしかないでしょう。それが良いものということは皆さん知っておられると思うのですが、では具体的にどうすごいのか、どれだけの手間がかかり、違いは何かということまではご存知ないかと思います。それは伝える人がいなかったからで、業界にいる私たちの責任です。作る人だけではなく、発信する人がいないと日本の文化や伝統はどんどんと廃れていってしまうという危機感を持っています。ささやかではありますが、この場所が、一流のものづくり、温もりを感じる手仕事に触れてもらえるところになればと考えています。

無心になれる時間を過ごしていただく

今でこそ様々な作品を手がけるようになっていますけども、私とて、彫刻刀を握ったのは小学生以来でした。中には経験のある方もおられますが、9割9分、かつての私と同じ出発点という方です。不安に思うこともあるとは思いますが、思うままに向き合っていただきたいですね。もちろんテクニック的なものは順を追ってお教えしますけども、周りを気にせず、自分がやりやすい方法で向き合っていただくのが一番と思っています。小さなお皿であれば、2、3時間で初めての方も彫りあげることができて、皆さん、作品を大切そうに鞄にしまって帰っていかれます。色々な情報が飛び交うこのめまぐるしい世の中で、無心になれる機会はそうそうないように思います。「気がついたら終わってました」。そうした感想を述べられる方も多いですね。
こういう方がいらっしゃいました。亡くなったワンちゃんをどうしても彫りたいと。家にいるとその子のことを思い出していたたまれなくなるのが、ここで無心になって彫っていると、「すごく安らかな気持ちになる」と仰っていました。ここで過ごす時間が、それぞれの方にとって大切なものになってくれば、それ以上のことはないと思っています。

地域の皆様へメッセージをお願いします

まずこちらに来ていただき、お茶でも飲んで過ごしていただければと思っています。立ち寄っていただくのに、事前の申し込みや連絡は一切いりません。再三申し上げていますが、まずここで作品に触れ合っていただくというのが私たちの意図するところであり、その中で自分が興味を持てる教室があれば、参加をご検討いただければと思っています。この場所、この空気感を充分に味わってもらいたいです。
※上記記事は2020年8月に取材したものです。
時間の経過による変化があることをご了承ください。

まちの寺子屋 木風心風堂 山下 徹 仏師

まちの寺子屋 木風心風堂 TORU YAMASHITA

まちの寺子屋 木風心風堂 山下 徹 仏師 TORU YAMASHITA

  • 好きな歌: 『CLOSE YOUR EYES』(長渕剛)
  • 好きな場所: 高野山、比叡山、天岩戸神社(宮崎県)
  • 出身地: 福岡県
  • 趣味: 釣り、ランニング
  • 好きな本・作家: 手塚治虫「火の鳥」「ブッダ」
  • 好きな言葉: 「ご縁」

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